川嶋仁には、デリケートな情緒への感覚と、陰翳ある表現へと実現するテクニックとを備えたピアニストであり、 当夜演奏されたさまざまなタイプの曲に託された詩情を浮かび上がらせた響きこそ、その資質を物語るものだろう。 作品個々の詩情の本質を捕らえるセンサーからは、ショパンの"美しさ"の多面性が鮮明に生み出されたのである。 楽器操作も含め演奏家として確かな姿勢を備えた若手だが、ふと深い呼吸の後に現れる深々とした輝きに、 その秀でた感性が拓く豊かな未来を感じたのは私だけではあるまい。
この日は「ショパンリサイタル」と題されており、ショパンの作品を9曲演奏した。 細やかな神経を持った人である。 ひとつひとつの音が大切にされていて、和声的な響きも吟味されていく。 テンポ感もリズム感もよく、聴いていて心地よい。 とりわけ、ゆっくり歌う場面での空気づくりはたいへん魅力的であり、そういう部分では、天性の才能の持ち主だと感じた。
演奏者はポーランドで学び、ショパン弾きを標榜するピアニスト。 オールショパンプロでもあり、本来のショパンの姿に接する得難い機会かと期待した。 彼は確信と共感に満ちた演奏を聴かせてくれた。 ポロネーズやマズカルの民族リズムの表出は、日本人にはなかなか難しいのだが、 本場で学んだピアニストの弾きこなしは、さすがと思わせた。 特にプログラム最後の幻想ポロネーズは、ショパンの代表作とも言える名曲であり、 演奏者のこの曲への想いがよく伝わってきた。
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